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アイマス映画感想観想1

アニメ

アイマス映画のネタバレを含む感想です。

・書きたいことが多すぎるので適当に分けることにしました。

・今回は律子とあずささんについて書きます。

律子 

 心情描写的には律子が一番しっかり描かれてたように思うのです。合宿中に真と雪歩を乗せた車内で真が「合宿がずっと続けば」的なセリフを言った時に律子が見せた曇った表情はもちろん第一義的にはプロデューサーが渡米してしまうことを知っているからなのですが、それだけではないようにも見えます。真の「今がずっと続けば」というような感情は、自分たちにとっての転機(765プロとしてでない、一アイドルとしての一人立ち?)が近いことを感じているが故に逆説的に発露したものであると考えられます。そういう感情は、一人他より早いタイミングで変化した(アイドルを辞めてプロデューサーへの転身を果たした)律子にとってはプロデューサーに専念する以前に一度通ったもののはず。そして「ずっと続く」ことが絶対に叶わないことも他の誰よりもわかっているはず。そういう悲しさ・虚しさの表れではないかと考えたわけです。

 

 他にもアイドルへの未練がわずかにありながらもそれを押し隠そうとしていたり、でも練習参加してセンターで踊っちゃって楽しそうにしてたり、未練を断ち切るためにプロデューサーの研修行きを後押ししたり(もちろんアイドルやプロデューサー本人のためというのが大きいでしょうが、プロデューサーを自分一人にすることで自分を追い込もうとする面もあるように思えました)アイドルを辞めた(諦めた)自分がアイドル達と一心同体にはなれない/なってはいけないという引け目、劣等感にも似た感情が描写されていたり、あずささんに花を渡されてそのへんを全部払拭されて泣いてみたり。超丁寧。

 

あずささん

 律子とは対照的にあずささんは完全に安定。後輩が出てきてもそもそも765プロのアイドルが全員年下なのでそれ以前と何も変わりません。全編通してもそこまで印象的なことはしていないのですが。ただ、先述した律子に花を渡すシーンだけはあずささんじゃないといけないのかな、と。この話長くなるのでちょっと段落変えます。

 

二人のちょっとだけ特別な関係

 論点をまとめますと、このシーンは律子のアイドルを諦めた自分へのコンプレックス、(グリマス勢含めた)アイドルたちへの劣等感をアイドルたちが手を差し伸べることで解消するシーンです(と僕は思います)。ですが、実質的に律子に対して差し伸べた手を取らせるだけの説得力があるのはあずささんだけなのです。律子がアイドルを諦めたのはおそらく高3の終わりから高校を卒業してすぐの5月あたり。おそらく高校を卒業するにあたり将来を真剣に考えた結果と考えられます。だから、まだそういう時期を経験していない中学生や高校生の小娘である他のアイドルがいくら律子に対して心から仲間意識を持っていようと、それはあまり律子の劣等感に対して効果を持ちません。高校を卒業して、それでもアイドルを続けよう、と決意した彼女たちがその道を捨てた律子を軽蔑する(ということはまずありえないでしょうけども)、あるいはアイドルとプロデューサーの関係として一線を引く可能性は残されているわけですから。それに対してあずささんだけは異なります。彼女は短大卒業後に事務所に入った剛の者です。天然ボケっぽく描かれてはいますが、運命の人とか言っちゃってますが、20歳過ぎてからアイドルとしてデビューすることのリスクを一切考えてないってことはないはずなのです(この点だけあまり自信ない)。その彼女が、自分とは違う人生の選択をした律子に他のアイドルと変わらない仲間意識を持ち、その証である花を自分の手で付けたことで律子のコンプレックスやら未練やらが全部溶けきったのだ、と思います。

 

 

 ところでこの二人の関係に関してはもうちょっと他の方の意見を調べたり自分で考えたりする必要を感じていたり。元アイドルがプロデューサーになって担当する最初のユニットに自分より年上がいて、しかもその年上はリーダーですらなく他の二人は両方中学生。ユニット内でもプロデュース面でもやりづらくなりそうなところ、あえてブチ込んだことには何らかの物語的な理由を見出だせる(どうにかしてこじつけられる)とは思うのですが。

 あまりに長くなりました。ところでこの話、いちおう律子と同い年のはずの貴音を完全に無視していますけど許していただきたい。貴音がどうでもいいと言うつもりはないのですが、今回律子が見せたような苦悩の埒外にいる感じしかしないのです。

 あと今気付いたけどいつの間にかあずささん完全に年下なんですよね。年取ってくると年下のお姉さんキャラが増えてきて複雑なものを感じます。